オスロのマートハーレンという、マーケットとフードホールのあるところへ、お使いと小腹を満たしに行こうとしたのですが、とても賑やかだったので、すみやかに用を済ませて外へ出ました。
マートハーレンのすぐそばにある小さなダニッシュカフェは、うってかわってなぜか奇妙に空いていて静かだったので、そこへおそるおそる入ってみました。
(オスロの夕焼け。凍った港。)
お店の明るいお姉さんは、丁寧に私の要望を聞いてくださってメニューに載っていないスモーブローを作ってくれました。美味しかったです。
お店が奇妙に空いていたこともあり、行きたいレコードショップがあと数時間で閉店なこともあり、サッとお店を出ようとした時、近くのテーブルに座っていたスキンヘッドのおじさんが、「この寒い中、もう出かけるの?」と話しかけてきました。
おじさんは、ノルウェーサーモンを売っている方で、担当はアジアなのでよく日本にいらっしゃるそうです。昨年は9回訪日したとのことでした。
おじさんはアジアのことをよく知るようになるにつれて、アジアとノルウェーをはじめとする北欧やヨーロッパを比較できるようになり、分かったことがたくさんある、と言って、色んなことを教えてくれました。
日本人だけでなく、アメリカの人も、北欧ではないヨーロッパの人も、北欧は福祉国家だ、幸せな国だ、と尊敬しています。でも、サーモンおじさんからすると、北欧の人は日本の人と違って、年老いた両親を子供自身がケアをすることがない。それはただ冷たいことだ、高齢者施設に会いに行くこともほとんどない、と言っていました。確かに、そういう見方もできます。
日本以上に、家族の単位が小さいのだなと思いました。このお話を聞いて、私はメキシコ人のお友達との出来事について思い出してしまいました。学校の課題でグループワークをしていた時、グループ内で少し話が噛み合わないことがあって、それはfamilyという単語が意味している規模がメキシコ人の子と他の人で桁違いだったからだということが判明したのです。私たちにとって、家族は核家族が単位だったのが、そのメキシコの子にとって、familyは1000人くらいの規模だったのです。
(ノルウェー北部の田舎からオスロに引っ越してきた後、故郷が恋しくなり、全く絵を描いた経験がなかったけれど60歳を過ぎてからアーティストになったJohan Berner Jakobsenさん)
また、アジア人として、アジアの国が一つ一つはっきりと違って感じられるように、北欧の人からすると、北欧の国にもそれぞれ違いがあります。
例えば、ノルウェーはオイルのおかげもあってお金持ちで、有給がたくさん出るから、ノルウェーの人は全然働き者ではなく、「今日はスキーに行こう」と思えば簡単に休めてしまう。
一方、スウェーデン人は働き者なので、ノルウェーのサービス業ではスウェーデン人が多いそうです。スウェーデンの人からすると、ノルウェーの方が賃金が高いので、働く場所として適しているようです。おじさんは、「例えばここのカフェのスタッフ募集で、ノルウェー人とスウェーデン人が面接に来たとする。そしたらきっと、スウェーデン人が採用されるだろうね」と言っていました。
反対に、ノルウェー人は物価の安いスウェーデンに買い物に行く。スウェーデン人はデンマークに買い物に行く。デンマーク人はドイツへ買い物に行く、という流れができているそうです。
そんなノルウェーサーモンおじさんからすると、日本の人は本当にきちんと働くし家族も大切にするし、街はきれいでご飯も美味しくて最高だそうです。
ちなみに、日本人にとってのsushiのように、ノルウェー人はサーモンばっかり食べているわけではない、ということを力説していました。しかも、日本には最高グレードのサーモンを輸出していて、ノルウェーで出回っているサーモンはそれよりも何段階かグレードが低いそうです。
ここでのお話は、たまたま出会ったおじさんの個人的な意見ですが、ベルゲンで聞いたお話に引き続き、ノルウェーや北欧に対する印象の変わる出来事でした。
何かについて新しい視点が加わることは、いつも嬉しいことです。